米国と銃

シリコンバレーの中心都市であるサンノゼで、今朝銃撃事件があった。自分が暮らしている街で銃撃事件があれば、驚き、恐れるのが当たり前の反応なのに、最初に意識に浮かんだ言葉は「またか」である。

今年に入ってから、すでに複数の死傷者が出ている銃撃事件は全米で230件を超え(死者は出ていない事件も含む)、これらの事件で亡くなった人の数は250人を超えている。4人以上の死者がでた事件は、今日の事件が今の時点ですでに15件目だそうだ。大きな事件は大きく報道されるが、けが人だけですんだ銃撃事件は地方のニュースでしか取り扱われないことも多い。よって、これらの事件のすべてのニュースを読んでいるわけではないのに、全米を揺るがす規模の事件だけでもあまりに頻繁に起こっているために感覚が麻痺している。

なかでも、ショッピングセンター、路上、スーパー、映画館、学校のような、公共の場での無差別銃撃事件は衝撃的で恐ろしいだけに、ニュースでも大きく取り扱われるし、自分の身に降りかかる危機感を感じざるえない。その点において、今日サンノゼで発生した事件は無差別事件でなかったために、少しホッとしてしまったことは否めない。そして、自分の感覚が麻痺していることに気づくのだ。

車で数十分の場所で9人もの人が銃で打たれて亡くなったというのに、ホッとしているとはなにごとだ。事件は朝6時半、彼らはごく普通に出勤して、ごく普通に一日を始めたばかりの普通の人達だ。そんな一日が、同僚による銃撃で一瞬で終わってしまったのに。職場で発生した事件だけに無差別ではないけれど、亡くなった人にとっては無差別とまったく同じで、命を絶たれる理由も危険性の予測もまったく不可能な事件だっただろう。それは、残された家族にとっても同じだ。にもかかわらず、ここ最近、米国ではあまりにも無差別に近い銃撃事件が多すぎて、無差別じゃなければ少しはマシなような気がしてしまうという米国の住民は、私も含め皆病んでいる。

米国で銃撃事件が起こるたびに、何度も議論になるのが銃規制だ。特にアサルトライフルと呼ばれる自動小銃の禁止の是非がほぼ必ず話題になる。すべての事件がアサルトライフルを使ったものではないが、特に犠牲者が多い事件はアサルトライフルを使ったものが多い。普通の短銃では撃つ回数もスピードも距離も限りがあるが、ライフルであれば回数と距離が飛躍的に伸び、アサルトライフルであればさらに回数とスピードが飛躍的に伸びる。

アサルトライフルをニュース画像で見たことがある人は知っているように、あれは完全に戦闘用の武器にしか見えない。戦争で戦うとか、無法地帯で身を守るとか、そういう使い方以外は思いつかないような代物だ。それが、ごく普通の人が購入できるという時点ですでに理解に苦しむ。あれを家において一体何に使うんだろうか?ハンティングではないことは間違いない。防犯だとしたら、米国はあの銃で防犯しないければいけないほど無法地帯だということになる。

なにかがおかしい。

ちなみにアサルトライフルは米国で禁止になっていた期間がある。1994年から2004年の10年間、1989年に起こったアサルトライフルが使用された学校の銃撃事件を受けて法案が成立し禁止されていた。ところが、2004年にこの法律は、更新するために十分な同意を議会で得られることができず期限切れになってしまったのである。口惜しい。その後、アサルトライフルが使用される事件が増えたのは疑いようがない事実だ。

しかし、銃撃事件では必ずしもアサルトライフルが使われるというわけでもなく、一般的なライフルや短銃もよく使われる。複数の犠牲者が出る事件では、大抵の場合、犯人は複数の銃を装備して次々に使う。つまり、複数の銃が家においてあるということだ。これも本当に理解できない。防犯のために複数の銃を家においておく必要があるというのは、ギャングと抗争でもしているのだろうか。

なにが言いたいのかというと、このようにアサルトライフルを保持している、または複数銃を保持している人々は、防犯とかなんとかいっていたとしても、手っ取り早くいえば単に銃が好きな人達なのだ。誤解しないほうがいいのだが、銃が好きであることには罪はない。世の中の一部の人達は「武器」というカテゴリが好きだ。それは必ずしも攻撃性に直接つながるわけではないことも多く、その洗練された機械技術が好きだという人も多い。しかし、機械技術が好きで銃をコレクションするような人たちは、それを眺めているだけではない。射撃場に行って打ち、その技術とパワーの凄さを体験したくもなるだろう。そこで、いったい彼らがなにを見つけるのかはわからない。わからないが、その中の何人かが確実に銃撃事件を起こしている。

別のパターンもある。社会的に阻害され、精神を病んでいる人が、自分を苦しめる社会を攻撃する目的で銃を手に入れるパターンだ。これは、最初から攻撃性のほうが全面的にあるが、そのような攻撃性だけを考えた場合、これは米国だけの問題ではない。世界中で似たような原因の事件は起きている。が、アサルトライフルや複数の銃を使うのは米国の特徴だ。社会への攻撃欲求にかられた人たちは、これが彼ら命の終焉なのだからより攻撃力の高い銃を手に入れ、よりたくさんの命を奪おうとする。米国の問題点は、なぜかそういう人でも簡単に短期間で銃が購入できてしまうことだ。「事件の一週間前に銃を購入した」などという報道をきくたびに、なんでそういう人が銃を買えるんだよ、と銃の販売者に噛みつきたくなる。

そして、最悪のパターンもある。銃を購入できない子供が、親の銃を持ち出して事件を起こすというパターンだ。ハイスクールシューティングのようなティーンエイジャーのシューティングはだいたいこのパターンである。最近では、銃撃者の年齢がどんどん下がっていて、つい先日は、12才の少女が中学校で銃撃事件をおこしている。このような報道を聞くと、親の銃の管理はどうなっているんだと叫びたくなる。

このような銃撃事件が起こるたびに、様々な銃規制を厳しくしようといる動きがあり、それが米国ライフル協会(NRA)とその息がかかった政治家たちの抵抗を受け実現しないというのが、ここ数年の米国と銃のパターンだ。2012年にコネチカットのサンディフック小学校乱射事件があったときに、NRA関係の誰かが「学校の受付に銃があれば犯人に応戦できた」という発言をした。どうやら彼らにとっては、銃を持つ無法者に銃で応戦するという社会が理想の米国の姿らしいと、肩を落としたものだ。

さて、先程少し触れた12歳の少女の銃撃事件だが、この事件では4人の被弾者はでたものの、死亡者が出なかった。銃撃者の少女にとってもこれは幸いだった。少なくとも彼女は殺人者にならずにすんだ。注目すべきなのは、この事件で彼女が殺人者にならずにすんだ、また、被弾者たちが死なずにすんだ理由は、もちろん学校側が銃を持っていて彼女を止めたからではない。

彼女をとめたのは一人の教師だった。銃声を聞いて、自分のクラスの生徒たちを校舎の外に逃がしたその教師は、足を撃たれて倒れていた生徒を助けるために校内に戻った。そこで、銃を持った少女にあったのだ。教師は落ち着いて、彼女に話しかけ、彼女に歩み寄り、彼女の肩に触れ、その手をゆっくりおろして彼女の持っていた銃にたどりつき、それを受け取った。その後、警察がくるまで彼女をずっと抱きしめていたのだそうだ。

銃を手に取らなくてはいけないほどに精神的に衰弱・崩壊している人に、いとも簡単に銃を持たせてしまう機会をなくすことは、現在の米国の最重要課題の一つだ。そしてもちろん、そのような人たちが適応できない社会から避難できる場を用意することも必要だ。

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Comments

  1. 甘栗 より:

    「ロックダウン日記」をいつも拝見させていただいていますが、こちらのサイトを更新されていると言う事なので訪れてみました。

    昨日は私達は一日中テレビと携帯に張り付いていました。
    友人の一人は車両を運転中、ウィンチェスターを通り過ぎるところで、業務用無線で銃声を聞いてこの事件を知りました。無線で危険を他の従業員に語りかけた人は撃ち殺されています。犯人は運転手控室でも従業員を殺していて、彼女が30分遅く控室を出ていたら、撃ち殺された人の一人になっていただろうと言っています。
    別の友人は10年くらい前には、犯人のスーパーバイザーでした。当日彼は休暇を取っていて、難を逃れましたが、犯人は彼を嫌っていたらしく、当日出勤していたら確実に殺されていただろうと言っています。
    犯人の人物像について、テレビでも色々語られていますが、彼もまた陰謀説信奉者(誰かが何時も彼を落とし入れようとしている)であり、常に世間に対して怒りを感じていたということです。周りの従業員達も10年以上も前からアイツは危ないと語り合っていたそうです。しかしVTAはユニオンが力を持っている、サンノゼ市が所有する団体です。一旦従業員になってしまえば、簡単にクビにする事は出来ません。又犯人の仕事ぶりに関しては、人間関係に大きく難があるものの、普通に仕事をしていた(これはVTAのメンテナンス部門では褒め言葉です)そうです。
    今回の事件も銃を簡単に手に入れられるアメリカの社会に問題がある事に違いはありません。
    しかしそれとともに、社会のシステムとそれによって起こる市民の精神状態も大きく関係していると思います。

    2年前のガーリックフェスティバルでは、私も当日にボランティアをキャンセルし、運良く難を逃れた一人です。
    今回余りにショックを受けていて、思わず誰かに語りかけずにはいられませんでした。

    • sarukunSV より:

      甘栗さん、貴重な情報をありがとうございました。
      身近な人がいると、事件の衝撃と重さがぜんぜん違いますよね。
      実はつい先程知ったのですが、我が家のティーンのハイスクールの生徒の父親も犠牲者の一人でした。知っている人ではないのですが、やはり心に響きます。父親を突然奪われたティーンのことを考えただけで言葉がありません。
      ガーリックフェスティバルも衝撃でしたね。あの事件は犠牲者も銃撃者も若く、完全な無差別だったので辛さもひとしおでした。
      今回の事件の動機はまだ発表になっていませんが、やはり相当に精神的な問題があったようですね。
      甘栗さんの言うように、米国社会の闇の部分は本当に暗い。子供の頃からどんどん競争に脱落していく人々への救済システムが足りていないのような気がします。

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