クニッシュ:1990年代

鍋の中で湯だっているジャガイモがコトコトぶつかる低い音。鍋の蓋の隙間から吹きでる白い蒸気が二重窓を内側を曇らせている。飴色の木材でできた小さなキッチンは、長年の料理の油で壁も棚もつやつやだ。

 彼女はフライパンで玉ねぎのみじん切りとひき肉を炒める。透き通ってきた玉ねぎから甘い匂いが香ってくると、頭上の棚からコンソメパウダーの瓶をとり、いつものティースプーンを使ってパパっとふりいれた。「適当でいいんだよ。わたしは血圧高いからあまり入れない。」

 火が通った玉ねぎ入りのそぼろを、熱いままおもむろにミキサーに流し入れ、スイッチを入れれば、ミキサーの乾いた音が響く。彼女はスイッチを切って、少しずつ、少しずつミキサーに水を足す。重たいミキサーを掴んでゴトゴトと揺らし、中身を木のヘラでかきまわし、また、スイッチを入れる。それを何度か繰り返していると、そぼろ肉はだんだんとペースト状になっていく。彼女は得意げな顔で私の顔を見て、二度小さく頷いた。

 茹だったジャガイモのお湯を流しに捨てると、もうもうとした湯気が小さなキッチンの空気をさらに暖かくする。ジャガイモをつぶしてマッシュポテトを作り、卵を一つパカリと割り入れて練り込む。力仕事は私の担当だ。彼女は小さなパントリーから小麦粉の瓶を取り出して、私が混ぜているマッシュポテトにパサパサとふりこんでいく。

「ちょっと待った!粉の分量ぐらいはさすがに教えてくれないとわかんないじゃん」と、私が抗議すると、「触ればわかる。感じるんだよ。」とスポーツコーチのようなことを言う。そして、灰色の髪が半分かかった薄い耳たぶを触って「これくらい。」と笑った。

 ポテト生地ができあがると、筋張った手の平にとって丸め、平たく伸ばす。真ん中に、そぼろペーストをティースプーンでポンとのっけて、生地で包みこみ器用に形を整える。私も一緒に成形するのだけれど、どんなに真似をしても、外側のポテト生地を彼女のように薄くのばせなくて、ぽってりしたポテト饅頭ができてしまう。彼女は少し眉を潜めてから、青みがかった灰色の瞳で私をじっと見て、「そのうち上手くなるよ。」と薄く微笑んだ。

 オリーブオイルをたっぷりしいた鉄板に丸くて平たいポテト饅頭を並べてオーブンに入れる。途中で一度ひっくり返すと、ジャガイモの焼ける香ばしい匂いがオーブンから溢れだす。そうしてできあがったのは、黄金色に輝くクニッシュたち。迫害を逃れて、東ヨーロッパやロシアから北アメリカにたどりついたユダヤ人たちの伝統料理だ。

 私は、きつね色のクニッシュを白い四角いお皿にぎっしり盛って、彼女を見上げる。

「上手くなった?」

壁には彼女の写真。彼女は五年前、九十二歳で亡くなった。

 私が小さな街を後にして、太陽が眩しいカリフォルニアに仕事を求めて移住してから長い歳月がたったが、あの街で彼女と過ごした柔らかな時間は、その味とともに鮮明に蘇る。クニッシュを作るとき、私は二十年の時間をあっという間に遡って、あの湯気に囲まれた飴色のキッチンで彼女と料理をしている。私は若く無邪気な留学生で、彼女はホームステイ先に手伝いに来てくれるユダヤ人のおばあちゃんだった。

「まだまだだね。私のクニッシュにはかなわないよ。」と、黄金色の香りに包まれて彼女は笑った。

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